京都の造園・庭石「洛西ガーデン」

古材 板石入荷

2011.09.30 05:09

昨日 引取にいきました。少量ですが 約2t位です。寸法別に整理して コヤスケとノミで漆喰とモルタル落としました。

サイズ400×800   約25枚です。

今回は、これで全部です。 8月と9月で約20tほどの入荷でした。

今年もヤマボウシの実が赤くなりました。例年より 実の数が少ないような気がします。この実で今年も果実酒作ります。

カテゴリー : 仕事のこと

 

この石、大変な謂われのある石なんです。延朗上人から法華経を聴くため、幾度となく、松尾明神が座されたと、記されています。今から800年以上前の平安末期。松尾大社の神宮寺として、東の東福寺、西の最福寺と言われたほどの大寺院がこの地にありました。谷ケ堂 最福寺 壮大な大池 七堂伽藍  四九の楼閣 一二の欄干玉天 があり、太平記、雨月物語等に極楽浄土の荘厳の優姿と書かれています。その後 平治 元弘 元亀 応仁の乱によりすべて焼失しました。 境内にあった庭石もすべて今はなく。現在は閑静な住宅街になっております。                                        

ただ座禅石だけが、現存しています。  この附近から産出するチャート石で約1.3t 石の天端が山石ですが、真っ平らになっています。 

  その座禅石、実は私の庭にあり、曾祖父が松尾大社や梅の宮神社の庭の手入れをしていました。石が好きで此の当たりの石積みは曾祖父がしたと、今も村の長老から聞いています。私の3歳の時に亡くなったので、覚えてませんが、明治時代 辺り一体、道すらもない真竹藪で被われていて、その藪の中に座禅石があったのを持って帰って、庭に据えていたそうです。何百年も前から この石が座禅石であった事を 代々も語り継がれていたのでしょう。                              

私の亡くなった父から 延朗さんの座禅石とだけ聞いておりましたが、そんな謂われとは知りませんでした。造成、造園工事をさせていただいた時 平成17年8月にお返ししました。今は 古い御堂と 延朗上人の座像 上人の八〇〇年の大遠忌法要記念の宝匡印塔 観音像がひっそりと西山の裾にあるだけです。 もし当時のまま現存していれば、世界遺産に登録されていたかも。今でも地元の人が延朗上人を偲んで800年以上も毎月12日に法要を続けておられます。2月と9月の法要には盛大な法要が営まれております。      

                                 南無阿弥陀仏

★ごめんなさい。何通かメールいただいてまして、場所は京都市西京区松室地家山町 松尾大社南 500m 鈴虫寺の東100mです。古い御堂の右側の庭の中にあります。

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この仕事が好きで高校卒業してから、ずっと続けています。他の仕事知りません。京都の松尾に生まれて、庭師の村で育ちました。近所には有名な造園家の方もたくさんおられて、近くには 世界遺産の苔寺 天竜寺 、松尾大社 月読神社 鈴虫寺 地蔵院 浄住寺 嵐山 桂離宮 史蹟名称の地です。毎日、ポルシェで走りまわっています。子供の頃には 境内で遊んだり、嵐山で泳いだりしていましたが、落ち着いて お参りした事がありません。いずれも有名な庭園で 学ぶ事がたくさんあると思うんですが、身近すぎて、つい地方の庭園とか寺院に行ってしまいます。この秋 ゆっくり 散策しようと思ってます。

好きで始めた仕事で神様が与えてくださった、私の天職であると思っています。毎日 好きな石 好きな樹 に触れる事が幸せであり、楽しみであると信じて 仕事しています。

そんな意味で事務所の前に おかしな書体で 石碑 据え付けています。

午後から下鴨の黒川邸の庭園改修工事の下見に行ってきました。加茂川沿いの現場でアラカシで高垣を作る予定です。その後、大好きな天龍のラーメン(堀川北山上ル西側)食べました。ご主人もおっさんギャグ、大好きで 昔から 通ってます。私の事何故かキャサリンって大きな声で呼ぶんです。若い女の子が店に来ると、耳元で臭い嗅いで来るしっていつも言うんです。冷めた目で見ている私がいます。でも好き。ちょっとニントン入れ過ぎて 午後から逢う人にご迷惑かけそうです。ほんとうに美味しいラーメンです。

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